営業20年の私が
地方移住を決めた
本当の理由
山頂で気づいたこと。都市での消耗。そして、決断の瞬間。
山頂で、ふと思った。 「あと何回、ここに来られるだろう」

標高2000メートルを超える山頂に立ったとき、いつも不思議な気持ちになる。眼下に広がる緑と、遠くかすむ都市のビル群。その対比が、私に何かを問いかけてくる。
あれは移住を決意する1年前の秋だった。紅葉に染まる尾根を歩きながら、ふとこんな考えが頭をよぎった。
「自分は今まで何をしてきたんだろう。そして、これからの20年で何をしたいのか。」
— 標高2,100m の山頂にて
50代を目前にした私が、20年間積み上げてきた営業キャリアの頂点にいながら、なぜこんなことを考えていたのか。当時の私には、その問いに答えられなかった。ただ、確かなことが一つあった。
登山をしているときの私は、仕事をしているときより、ずっと「生きている」という感覚があった。
営業20年。 「消耗」に気づいたのは遅すぎた。

営業職としてのスタート
「数字が全て」の世界に飛び込む。がむしゃらに働き、結果を出すことだけを考えていた。
マネージャーへの昇進・登山との出会い
チームを持ち、仕事の幅が広がる。一方で登山を始め、自然の中でリセットする時間の大切さを知る。
キャリアの絶頂期。しかし何かが違う。
実績は出ている。収入も上がった。でも週末の山で感じる「解放感」が、月曜の朝の「重さ」を逆説的に教えてくれていた。
移住を決意・実行
山頂での問いかけから1年。準備を整え、地方への移住を決断。人生の「セカンドハーフ」が始まる。
20年間、私は「良い営業マン」であろうとし続けた。数字を作り、チームを育て、会社に貢献する。それ自体は間違っていなかった。でも気づいたら、自分のために生きる時間が、どこかに消えてしまっていた。
「消耗」に気づいたのは、皮肉にも登山のおかげだった。山頂で感じる「満たされた疲れ」と、月曜日に感じる「消耗した疲れ」は、同じ疲れでも質がまるで違う。山が、都市での生活との対比を、毎回鮮明に見せてくれた。
「数字を追いかけ続けた20年間。クライアントの喜ぶ顔も、部下の成長も、確かに嬉しかった。でも、ある日気づいたんです。私が本当にやりたかったのは、もっとシンプルなことだったんじゃないかと。」
明確なターニングポイントがあったわけではない。少しずつ、本当に少しずつ、「このまま定年まで同じことを続けていいのか」という問いが、積み重なっていった。
移住を決断した、 本当の3つの理由

「なぜ移住したの?」と聞かれると、私はいつも少し迷う。「自然が好きだから」「田舎暮らしに憧れていた」は正解ではあるが、本当の理由はもう少し複雑だ。正直に言えば、こういうことだ。
「残り時間」を意識したとき、優先順位が変わった
50代に入り、人生の残り時間を現実的に考えるようになった。「いつかやろう」の「いつか」が、もう来ないかもしれないと気づいた瞬間、移住への優先度が一気に上がった。登山でいえば「日没前に下山しなければ」という判断と同じ。時間は有限だ。
「山の近く」で働く生活が、私の理想だと確信した
10年間の登山で気づいたことがある。私は「自然の中にいるとき」が、最もパフォーマンスが高く、最も創造的になれる。山を週末の「逃げ場」にするのではなく、日常に組み込むことで、仕事も人生もより豊かになると確信した。
「このまま続ける」ことのリスクの方が、「変える」ことのリスクより大きかった
「移住して失敗したらどうしよう」とずっと考えていた。でもある日、「このまま移住せずに後悔したときのリスク」と比較してみた。営業で学んだ「機会損失の概念」。変えないことにも、確実にコストがある。その視点で考えたとき、移住しない方がリスクが大きいと気づいた。
移住を決めたのは、ある秋の山頂だった。遠くに見えるビル群を眺めながら、「あと何回、ここに来られるだろう」という問いが頭をよぎった。帰りの電車で、スマートフォンを取り出して移住支援サービスに問い合わせをした。あの瞬間から、私の人生の「セカンドハーフ」が始まった。
家族への告白。 最も怖かったのは、そこだった。

移住を決意してから最初にしたのは、妻への「告白」だった。移住という言葉を口にする前から、心臓がうるさかった。20年間、家族を支えてきたつもりが、今度は家族の生活を根本から変えようとしている。
恐る恐る話し始めた私に、妻は最初しばらく黙っていた。その沈黙が、永遠のように永く感じた。
「正直、急に言われても困る。でも…あなたが山に行った後の顔と、月曜日の朝の顔が、まるで別人みたいなのは、私もずっと気になっていた。一緒に考えましょう。」
その言葉で、私の目に涙が浮かんだ。20年間、見てきてくれていたんだと思った。その日から、移住は「私の夢」ではなく「私たちのプロジェクト」になった。
それから約1年かけて、候補地を一緒に訪問し、収支を一緒に計算し、不安を一緒に言語化した。移住準備の過程で、夫婦の対話が増えたことは、移住そのものと同じくらい大きな収穫だった。
移住から3年。 正直なところ、どうか。

良いことだけ書くのは嘘になる。だからここでは、移住後3年の正直な内容を書く。
後悔は「ゼロ」。 でも「楽園」でもない。
1・朝の空気が違う。
1・車の維持費。
本業リモート継続+このブログが第二の柱に。移住前より可処分所得は増えた。
週末の「逃げ場」から「日常の一部」に。近くの山を知り尽くしてきた。
移住は、問題を全部解決してくれる魔法ではない。都市部で抱えていた問題の一部は、移住後も形を変えて続く。人間関係の悩みも、仕事のストレスも、完全には消えない。
でも確実に変わったことがある。毎朝、窓を開けたときに山が見える。その一事だけで、私の「ご機嫌の偏差値」が上がった。機嫌が良ければ、仕事も、家族との時間も、地域との関わりも、何もかもが少しずつ良くなっていく。
移住は「ゴール」ではなく「スタートライン」だった。ここから、本当にやりたかったことを、ようやく始められた気がしている。
— 移住3年目の秋、いつもの山頂にて
あなたが今この記事をここまで読んでいるなら、きっと移住について、真剣に考えているはずです。もしそうなら、一つだけ伝えたいことがあります。
「完璧な準備が整ったら動こう」と思っているなら、それは一生来ないです。私が動けたのは、「完璧ではないが、準備して行動をした」からです。登山と同じ。天気が完璧な日だけ登ろうとしたら、一生山頂に立てません。


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