営業20年の私が移住を決めた本当の理由

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🏔 山と仕事と田舎暮らし

 
GACHI ARTICLE — 私のストーリー

営業20年の私が
地方移住を決めた
本当の理由

山頂で気づいたこと。都市での消耗。そして、決断の瞬間。

 
山と仕事と田舎暮らし 運営者
営業職20年・登山歴10年・移住歴3年 / 2026年更新

 

山頂で、ふと思った。 「あと何回、ここに来られるだろう」

標高2000メートルを超える山頂に立ったとき、いつも不思議な気持ちになる。眼下に広がる緑と、遠くかすむ都市のビル群。その対比が、私に何かを問いかけてくる。

あれは移住を決意する1年前の秋でした。紅葉に染まる尾根を歩きながら、ふとこんな考えが頭をよぎりました。

「自分は今まで何をしてきたんだろう。そして、これからの20年で何をしたいのか。」

— 標高2,100m の山頂にて—

50代を目前にした私が、20年間積み上げてきた営業キャリアの頂点にいながら、なぜこんなことを考えていたのか、当時の私には、その問いに答えられませんでした。ただ、確かなことが一つあったんです。

登山をしているときの私は、仕事をしているときより、ずっと「生きている」という感覚が確かにありました。

 

営業20年。 「消耗」に気づいたのは遅すぎた。

MY CAREER TIMELINE
20代前半
 

営業職としてのスタート

「数字が全て」の世界に飛び込む。がむしゃらに働き、結果を出すことだけを考えていた時代。

30代
 

マネージャーへの昇進・登山との出会い

チームを持ち、仕事の幅が広がる。一方で登山を始め、自然の中でリセットする時間の大切さを知ることができた時代。

40代
 

キャリアの絶頂期。しかし何かが違う。

実績は出ている。収入も上がった。でも週末の山で感じる「解放感」が、月曜の朝の「重さ」を逆説的に教えてくれていた時代。

50代
 

移住を決意・実行

山頂での自問自答から1年。準備を整え、地方への移住を決断しました。人生の「セカンドハーフ」が始まりました。

20年間、私は「良い営業マン」であろうとし続けました。数字を作り、チームを育て、会社に貢献する。それ自体は間違っていなかったと思っています。でも気づいたら、自分のために生きる時間が、どこかに消えてしまっていました。

「消耗」に気づいたのは、皮肉にも登山のおかげでした。山頂で感じる「満たされた疲れ」と、月曜日に感じる「消耗した疲れ」は、同じ疲れでも質がまるで違いました。山が、都市での生活との対比を、毎回鮮明に見せてくれました。

「数字を追いかけ続けた20年間。クライアントの喜ぶ顔も、部下の成長も、確かに嬉しかった。でも、ある日気づいたんです。私が本当にやりたかったのは、もっとシンプルなことだったんじゃないかと。」

明確なターニングポイントがあったわけではありません。少しずつ、本当に少しずつ、「このまま定年まで同じことを続けていいのか」という問いが、積み重なってこの決断に至りました。

 

移住を決断した、 本当の3つの理由

「なぜ移住したの?」と聞かれると、私はいつも少し迷います。「自然が好きだから」「田舎暮らしに憧れていた」は確かに正解ではあるが、本当の理由はもう少し複雑です。正直に言えば、こういうことになります。

01

「残り時間」を意識したとき、優先順位が変わった

年齢を重ねて、いつしか人生の残り時間を現実的に考えるようになりました。「いつかやろう」の「いつか」が、もう来ないかもしれないと気づいた瞬間、移住への優先度が一気に上がりました。登山でいえば「日没前に下山しなければ」という判断と同じです。改めて【時間は有限】だと気付いた瞬間でした。

02

「山の近く」で働く生活が、私の理想だと確信した

10年間の登山で気づいたことがあります。私は「自然の中にいるとき」が、最もパフォーマンスが高く、最も創造的になれます。山を週末の「逃げ場」にするのではなく、日常に組み込むことで、仕事も人生もより豊かになると確信しました。

03

「このまま続ける」ことのリスクの方が、「変える」ことのリスクより大きかった

実は「移住して失敗したらどうしよう」とずっと考えていました。でもある日、「このまま移住せずに後悔したときのリスク」と比較してみたんです。営業で学んだ「機会損失の概念」。変えないことにも、確実にコストがあります。その視点で考えたとき、移住しない方がリスクが大きいと改めて気づきました。

📍 決断の瞬間

移住を決めたのは、ある秋の山頂でした。遠くに見える山々、町並みを眺めながら、「あと何回、ここに来られるだろう」という問いが頭をよぎりました。帰りの電車で、スマートフォンを取り出して移住支援サービスに問い合わせをしました。あの瞬間から、私の人生の「セカンドハーフ」が始まりました。

 

家族への告白。 最も怖かった瞬間。

移住を決意してから最初にしたのは、妻への「告白」でした。移住という言葉を口にする前から、心臓の鼓動が聴こえました。20年間、家族を支えてきたつもりが、今度は家族の生活を根本から変えようとしていました。

恐る恐る話し始めた私に、妻は最初しばらく黙っていました。その沈黙が、永遠のように永く感じました。

【妻の言葉】

「正直、急に言われても困る。でも…あなたが山に行った後の顔と、月曜日の朝の顔が、まるで別人みたいなのは、私もずっと気になっていた。焦らず真剣に一緒に考えましょう。」

その言葉で、私の目に涙が浮かびました。20年間、彼女なりに見てきてくれていたんだと。その日から、移住は「私の夢」ではなく「私たちの家族の壮大なプロジェクト」になりました。

それから約1年かけて、候補地を一緒に訪問し、収支を一緒に計算し、不安を一緒に言語化しました。移住準備の過程で、夫婦の会話が今まで以上に増えたことは、移住そのものと同じくらい大きな収穫でした。

 

移住から3年。 正直なところ、どうか。

良いことだけ書くのは嘘になります。だからここでは、移住後3年の正直な内容を書きます。

移住後3年 — 正直な評価

後悔は「ゼロ」。 でも「楽園」でもない。

✅ 良くなったこと

1・朝の空気が違う。

2・山が毎日見える。
3・仕事への向き合い方が変わった。
4・時間の使い方が豊かになった。
 
⚠️ 想定外だったこと

1・車の維持費。

2・冬の寒さ。
3・地域行事の多さ。
4・最初の1年の孤独感。
 
💰 収入について

本業リモート継続+副業が第二の柱に。移住前より可処分所得は増えました。

 
🏔 山との関係

週末の「逃げ場」から「日常の一部」に変化。近くの山を知り尽くすことができています。

移住は、問題を全部解決してくれる魔法ではありません。都市部で抱えていた問題の一部は、移住後も形を変えて続きます。人間関係の悩みも、仕事のストレスも、完全には消えません。

でも確実に変わったことがあります。毎朝、窓を開けたときに山が見えます。その一事だけで、私の「ご機嫌の偏差値」が上がりました。機嫌が良ければ、仕事も、家族との時間も、地域との関わりも、何もかもが少しずつ良くなっていきます。

移住は「ゴール」ではなく「スタートライン」です。ここから、本当にやりたかったことを、ようやく始められた気がしています。

— 移住3年目の秋、いつもの山頂にて

あなたが今この記事をここまで読んでいるなら、きっと移住について、真剣に考えているはずです。もしそうなら、一つだけ伝えたいことがあります。

「完璧な準備が整ったら動こう」と思っているなら、それは一生実現しません。私が動けたのは、「完璧ではないが、準備して行動をした」からです。登山と同じです。天気が完璧な日だけ登ろうとしたら、一生山頂に立てません。

NEXT STEP

移住の「計画術」を 次の記事で詳しく解説しています

登山で学んだリスク管理の思考法が、移住の準備にそのまま使えます。次のガチ記事では、失敗しない移住計画の具体的な立て方を解説しています。

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